由来・歴史
金平糖の由来は、16世紀末の安土桃山時代に西洋から日本に伝来した南蛮菓子にあります。
ポルトガルのカトリック司祭、ルイス・フロイス著「日本史」(キリスト教布教史)によれば、フロイスが京都で織田信長に謁見した際、ローソク数本とともに金平糖を献上したところ、信長はこれを大層気に入り喜んで食べたことが伝えられています。
伝来していきなり天下人の心をつかんだ金平糖は、後の秀吉の時代にも引き継がれ、家来の武将や奥方などを通じて広まっていきました。武士だけでなく、茶人の注目も集めたようで、千利休が茶会に金平糖を取り入れたとする説も残っています。
ただ、当時の金平糖は、現在のように色とりどりではなく、白一色で、形状もイガ(角状の突起)が小さく芸術性に乏しかったようです。
金平糖がターニングポイントを迎えたのは江戸時代です。
長崎の町人が初めて金平糖の国内製造に成功したのを皮切りに、京都、江戸へと国産化の波が広がっていき、多くの菓子職人たちが研究、改良を行い日本オリジナルの金平糖が作られるようになりました。
こうして金平糖は洋菓子からの脱皮を果たし、きれいなイガをもつ色鮮やかで美しい和菓子の金平糖が完成したのです。
現在の金平糖は、駄菓子としての人気は低下したものの、慶事の際の引出物やお祝いごとの贈り物、保存性の良さを活かして非常食として用いられるなど活躍の場を広げています。
特徴
金平糖(こんぺいとう)は、素朴な砂糖の甘さとカラフルな見た目が鮮やかな、日本の伝統的なお菓子です。
グラニュー糖やイラ粉を用いた粒の「核」を、傾斜をつけた円形の鍋に投入し、加熱した鍋を回転させながら少量ずつ糖蜜を加えて、徐々に整粒する工程を複数回繰り返し行うことで、甘くておいしい金平糖が完成します。
金平糖の見た目は、凸凹のある「イガ」(角状の突起物)をもつ球形粒が特徴です。いかにも「こんぺいとう」という語感にぴったりな可愛いビジュアルとなっています。
一方、「核」の再結晶と職人技が生み出す「イガ」による形状は、可愛いを通りこして芸術的であり。その見事さは宝石サンゴの美しさにも引けをとりません。
そして、仕上げには着色を行い、白・赤・青・ピンク・オレンジ・水色など、原色からパステルカラーまで色とりどりの外観が見る人の心を弾ませます。
金平糖の味わいは、典型的な砂糖菓子といった感じで、余分な材料を加えないため、天然の甘味料たる砂糖の旨味をたっぷり味わえます。と言いつつ、フルーツ味、お茶味、チョコ味など風味のバリエーションも豊富です。
さらにそれに加えて、カリカリッとした甲高いひびきの食感がそのまま楽器の役割も果たし、効果的なBGMとして幸せな食事シーンを演出します。
このように金平糖は、見て楽しい、食べておいしい、聞いて心地よいトリプルに魅力的な和菓子です。
分類や原材料
分類(水分量) | 干菓子 |
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分類(製法) | 飴菓子 |
主な原材料 | 氷砂糖・ざらめ |
利用シーン
金平糖は美味しさと華やかさだけでなく、日持ちがするうえに栄養値が高いのも強み。日常使いから慶事、ギフト、七夕、季節行事、自衛隊の戦闘糧食としても活用されています。装飾性が良いため、雛飾りに用いるのもOKです。
- おやつ、お茶請け
- お中元、お歳暮
- 慶事の引出物、記念日の贈り物
- ひな祭り、七夕など季節行事
- 非常食、保存食
有名な金平糖
- 緑寿庵清水の金平糖(京都府)
参考資料
金平糖のレビュー
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